水産で長く働いていると、よく聞く言葉があります。
「最近の若い子は魚をさばけない」
「昔みたいに職人が育たない」
「教えても続かない」
たしかに、そう感じる場面はあります。
実際、三枚おろしができる人、刺身まできれいに商品化できる人、丸魚を見てすぐ段取りを組める人は、昔より確実に貴重な存在になりました。
でも、現場でずっと見てきた立場から言うと、これは単純に若い人の問題ではありません。
むしろ逆です。
育たないような環境になっている。
こっちのほうが、本当の理由に近いと思っています。
魚をさばける人が育たないのは、根性がないからでも、センスがないからでもありません。
育つための時間も、経験も、教える余白も、今の現場から少しずつ消えているからです。
「やれば覚える」が成立しなくなっている
魚をさばく技術って、結局は反復です。
見て、やって、失敗して、直されて、またやる。
これを何回も繰り返して、やっと少しずつ身につくものです。
技術は“回数”でしか身につかない
でも今の水産の現場って、その「何回もやる」がそもそも難しいんですよね。
昔より丸魚の扱いは減っています。
最初から加工済みで入ってくる商品も多いですし、センター化も進んでいます。
つまり、若い人が一から魚を触って覚える機会そのものが減っています。
経験を積ませたくても、積ませにくい
現場にいるとよくわかりますが、魚をさばけるようになる人って、やっぱり魚に触った量が違うんです。
でも今は、その量を積ませたくても積ませにくい。
「経験不足」と言うのは簡単です。
でも実際は、経験を積ませる材料が売場にないことも多いんです。
人手不足で、魚をさばく技術を教える時間がない

これもかなり大きいです。
ベテランほど忙しい
ベテランの人って、魚をさばけるだけじゃなくて、売場も回せるんですよね。
刺身もできる、盛り付けも早い、値引きの判断もできる、売れ筋もわかる。
だから結局、一番忙しいところを全部任される。
自分でやったほうが早くなる
そうなるとどうなるか。
若い人に教えるより、自分でやったほうが早いんです。
本当は横について、包丁の角度を見て、持ち方を直して、「そこじゃなくて、もう少し骨に沿って」と教えたい。
でも現実は、朝は製造に追われて、昼は売場補充、夕方は値引きと片付け。
そんな中で、ゆっくり教える時間なんて取れない日がほとんどです。
自分でやったほうが、きれいに商品が作れる
ここも現場ではかなり大きいポイントです。
ベテランが部下に加工を任せたくなくなるのは、時間の問題だけではありません。
自分でやったほうが、結局きれいに商品が作れるからです。
実際、経験の浅い人が加工すると、切り身の形がそろわない、厚みがバラつく、盛り付けが雑に見える。
そうなると、商品としての見栄えはどうしても落ちます。
もちろん、それ自体は当たり前なんです。
最初から上手くできる人なんていません。
でも売場では、その“仕上がりの悪さ”がそのまま商品力の弱さにつながります。
するとベテラン側は、
「これを出すくらいなら自分でやったほうがいい」
「売場に並べるなら、やり直したい」
という気持ちになりやすい。
その結果、部下に任せるより自分で加工する流れが強くなる。
そしてまた、若い人が仕上げまで経験する機会が減っていくんです。
仕上がりを気にするほど、やらせにくくなる
水産の商品って、ただ切ればいいわけではありません。
見た目の清潔感、厚みのそろい方、並べ方、盛り付け方で売れ方が変わります。
だからこそ、商品に責任感がある人ほど、仕上がりに妥協できません。
でも、その感覚が強いほど、育成とはぶつかりやすくなります。
最初は下手でもやらせないと育たない。
でもやらせると商品が崩れる。
だから結局やらせなくなる。
この矛盾が、現場ではずっと起きています。
「教えない」ではなく「教えられない」
これは現場の人なら、かなり共感してもらえると思います。
「教えない」のではなくて、教えられないんです。
鮮魚部門の人材育成は、最初の仕事の設計で差がつく

今の若い人たちって、最初に任される仕事が昔とはかなり違います。
まず任されるのは補助作業が中心
値付け、品出し、パック、清掃、作業場の片付け、補助作業。
もちろんどれも大事な仕事です。
でも、そればかりやっていても魚はさばけるようになりません。
安全な仕事ばかりでは育たない
現場としては、失敗しにくい仕事を任せるほうが安全です。
忙しい日ほどなおさらです。
でもその結果、本人はいつまでも“補助はできる人”のまま止まりやすい。
包丁を握る前に時間だけが過ぎていく
気づいたら何か月も、あるいは何年も、包丁を本格的に握る機会がほとんどない。
これでは育つはずがありません。
若い子に問題があるというより、
若い子にさばけるようになる仕事の流れを渡していないんです。
技術継承できない職場ほど、できる人に負担が集中する
水産の現場って、できる人に仕事が集まります。
できる人に頼る売場になりやすい
丸魚もできる、刺身もできる、売場も見れる。
そういう人が一人いると、本当に助かります。
でもその人が助かる存在であるほど、その人に頼り切った売場になりやすい。
頼るほど、次が育たない
そして、その人は毎日忙しい。
忙しいから教えられない。
教えられないから次が育たない。
次が育たないから、またその人に仕事が集中する。
これ、現場でかなり起きていることだと思います。
“すごい人”で終わらせてはいけない
本来、魚をさばける人って「すごい人」で終わらせちゃいけないんです。
その人が持っている技術を、どう増やすかまで考えないといけない。
でも実際には、増やすより先に、今の売場を回すために使い切ってしまう。
ここに、水産部門のしんどさがあると思っています。
技術を覚えるうまみが見えにくい
もう一つ、これはかなり本音ですが、若い人から見て「そこまでして覚える意味ある?」となりやすい空気もあります。
技術習得には負担が大きい
魚をさばけるようになるには時間がかかります。
失敗もします。
怒られることもあります。
手も汚れるし、神経も使います。
苦労のわりに報われにくい
それだけ苦労して技術を身につけても、評価があいまいだったり、給料に大きく反映されなかったり、責任だけ増えたりしたら、どう感じるか。
たぶん多くの人は、こう思います。
「そこまで頑張るメリット、あるのかな」と。
目指したくなる設計になっていない
これは甘えではなく、普通の感覚です。
技術職なのに、技術を持つ価値が見えにくい。
これでは本気で目指す人が増えにくいのも当然です。
本当は、育たないんじゃない。育つ仕組みがない
結局のところ、水産部門で魚をさばける人が育たない理由は、一つではありません。
複数の問題が重なっている
丸魚が減って経験が積みにくい。
教える側に時間がない。
若手に失敗させる余白がない。
できる人に仕事が集中する。
技術の価値が見えにくい。
こういうことが全部重なって、今の「育たない」ができています。
問題は若手個人ではない
だから、この問題を「最近の若い子はダメ」で終わらせるのは違うと思うんです。
現場で見ていると、覚えたい若い人がいないわけじゃない。
むしろ、ちゃんと教われば伸びそうな人はいます。
足りないのは、本人のやる気より環境
でも、その人たちに対して、
練習する機会を渡せているか。
失敗しても次につなげられる環境があるか。
教える側に余裕を作れているか。
そこが足りていない。
つまり問題は、人ではなく構造です。
これから必要なのは、根性論じゃなく仕組み
魚をさばける人を増やしたいなら、気合いでは無理です。
まずは経験の量を意図して増やす
若い人に丸魚を触らせる回数を増やす。
全部ベテランがやるのではなく、一部はあえて任せる。
教える時間を“仕事”として確保する
教える人の時間を仕事として確保する。
どこまでできたら次の段階に進めるのかを見える化する。
技術が報われる空気を作る
そして、技術を身につけた人がきちんと報われるようにする。
本当に必要なのは、こういう地味な仕組みづくりだと思います。
水産は“技術で魅せる売場”でもある
水産は、ただ商品を並べるだけの売場ではありません。
技術が売場の魅力を作る部門です。
だからこそ、その技術を「持っている人が頑張る」だけで支えるのではなく、次に渡していく設計が必要なんです。
まとめ
水産部門で“魚をさばける人”が育たない。
それは事実だと思います。
でも、その理由は若い人のやる気不足ではありません。
現場で見ていると、もっと根本にあるのは別の問題です。
育たない理由は、現場の構造にある
経験を積む機会が少ない。
教える時間がない。
育成より今日の売場が優先される。
技術が十分に報われない。
できる人に仕事が偏る。
こうした積み重ねの結果として、「育たない」が起きている。
だから変えるべきは人ではなく仕組み
だから本当は、
魚をさばける人が育たないのではなく、育つ仕組みがなくなっている。
そう言ったほうが、現場の実感には近い気がします。

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